急ピッチで生まれ変わる東京。あこがれの東京。僕らは変わらずにいられるだろうか。

290viewsこの記事は290回閲覧されました。

Pocket

綿貫大介コラム

膨れ上がる東京の未来について

オリンピックの影響もあって、東京という街がよくも悪くも世界から注目を集めている。国立競技場とかエンブレムとか、問題視されていることもあるけど、そんなことはお構いなしにこの街は2020年に向けて、今どんどん変化し、発展していっている。急ピッチで。

オリンピックなんて関係なしに実感することだってある。例えば原宿の街を歩いていたとする。急に新しい店ができていることに気づくと、あれ、前は何の店だったっけ、と思い出せないことがある。当たり前のように過ごしすぎているのか、無関心なのか、愛着がないのか。東京という街の変化のスピードが速すぎるのか。いつの間にかいろいろなものが変わっているこの街。大事業として具体的に確認できるものから、知らず知らずのうちに進んでいる事柄まで。常に変化している。

田舎育ちにありがちな独立心からか、当たり前のように東京に出てきてもう10年以上が経つ。こう言うとノーフューチャーな若者っぽく聞こえるかもしれないが、もちろんちゃんとキラキラした夢や目標があった上でのことだけど。

高校生の頃はバイトをして、月に1回原宿に出ていた。当時の頭の中で、東京はなんでも揃っている、ドラマの中心地だった。あの頃のくすぶっている感じを改めて思い出すと、なんてありきたりな田舎の高校生だったろうと思う。それでも、片道2時間10分の高速バスに乗って東京に頻繁に行っているという行為自体の高揚感はすごかったし、そのことを周囲の友達が知っているという現状にも酔っていたのかも知れない。

学校では当時流行っていたムラサキスポーツやビームスのショッパー(地元にはない店だった)に体操服を入れていたのもいじらしい。東京で服を買っているという事実が、自尊心を余計に温めてくれる。田舎の駅前から新宿西口のバスターミナルに降り立った時の汚い空気が、たまらなくドキドキさせてくれた。なんだかんだ東京に行くのに毎回1カ月分のバイト代をすべて所持金としてつぎ込んでしまうのだから、ノーフューチャーな若者だったことには変わりないのだけど。

好きなブランドが、ショップがあり続けますように

あの頃はわざわざ原宿に行くしか、雑誌に載っているお店やブランドの服を買うことができなかった。だからこそ裏原宿のショップは行列だったし、みんな数少ない情報源を必死に集めていた。その状況も、もちろん10年前と比べて大きく変わっている。それは駅ビルやショッピングモールの進展。わざわざ原宿まで出なくても、そこでことが足りてしまうようになってしまった。

それは人の流れが変わってしまったということ。街は回遊する人がいてこそ生きて存在できる。だけど人たちが今こぞって回遊しているのは、駅ビルやショッピングモールという建物の中になってしまった。そうなると街に路面店がある必要性もなくなっていくだろう。(時代はネットの発達によって刻々とまたさらなる変化を起こしているけど、それはまた別の話で)それがいいとか悪いとか、そういう話をしたいわけじゃないのだけど、とにかく街も状況も、どんどん変わっていくということは確かなことだ。

好きな街の好きなショップがそこにあり続けるという状況は、奇跡なのかもしれない。頑固一徹老舗のたい焼き屋さん、海外から上陸したファストファッションのアパレルショップ、昭和の雰囲気漂うナポリタンが美味しそうな喫茶店、日本が誇るアパレルブランドのフラッグシップショップ……変わりゆく東京で、お気に入りのお店がこれからの5年、10年もまだあり続ける保障なんてない。けどそれらがちゃんとあり続ける東京の未来であってほしいな。

そしてなにより、僕らが飽きずにそこに通い続けられていますように。みんな好きな街の好きなお店に、ちゃんと行こう。

The following two tabs change content below.
綿貫 大介

綿貫 大介

エディター、ライター。メンズファッション誌編集者を経て、現在も編集、ライティング、ディレクションに携わる。発売中のkvina著『恋する東京 東京デートガイドブック』(京阪神エルマガジン社)巻末付録にも出てます。 いろんなアカウント:watanukinow

関連記事